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東京行きは会長様には全く告げなかった。
「週末に会いたい」
唐突にメールで会いたいと言ってみたら、あっさりと予定を合わせてくれた。
いつもなら『週末』なんて、唐突な事は言えない。
夜行バスの手配にホテルの手配……いろんなものがありすぎる。
それらを全て飛ばして、『会いたい』
週末。
いつもの通りに会いに行く。
いつもと違って朝からではなく、昼の時間に。
「で、何があったの?」
適当にふらついて、休憩のためにベンチに座ったところで会長様が切り出す。
「んー」
「何もなければ、こんな風に呼び出さないでしょ」
「……うん」
私は言い出せなかった。
これではまるで、押しかけ女房のようじゃないか。引かれてしまう。
「親戚の家にでも来ているとか?」
そういえば、会長様にはこっちに親戚がいる事を話してあった。
親戚とはいえ、私は一度も会った事がないけれども。
「……違う」
再び沈黙。
長々と沈黙時間だけが伸びてしまう。
「……結婚でもした?」
「え?」
私は会長様を見る。
「いや。結婚して、こっちに来たのかなって」
「ないない。ありえない」
私は即座に否定した。
結婚しているのはそっちじゃないの?という言葉が頭の隅に浮かんだが、すぐにかき消した。
あれだけ、好きだと言っているのに、なぜ私が他の人と結婚しなければいけないのか。
私が簡単に『好き』と言っていると思っているのか……。
「じゃぁ。何?言ってよ」
会長様が急かしてくる。
「だから……こっちに来たの」
私は指先をいじりながら言った。
「……? うん。どうして?」
「……こっちで仕事を見つけて、こっちに来たの」
わずかな沈黙。
「うん。で、何でそれだけの事に、これだけ時間がかかるの?」
「……」
会長様が私の顔を覗 き見る。
「ああ。押しかけ女房と思われるとか心配だった?」
「……うん」
私の顔は真っ赤になっていたと思う。
会長様は笑って私を抱きしめた。
「嬉 しい」
ああ。こっちに来てよかったと思った。
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