文字数:約801文字
「まるで、紫の君だね」
という会長様の言葉で、源氏物語を思い出す。
「源氏物語の?」
「そう」
読書が好きでも、読書家と言うわけではない。
源氏物語も漫画で読んだくらいで、全てのエピソードを覚えているわけではない。
『紫の君』は、光源氏が育てる女の子の話である。
「私、会長様に育てられている?」
「……うーん。ちょっと違うかな。でも、なんか、そんな感じ」
私は、分かるような気がした。
会長様だけしか見ていない。会長様のことだけを考えている。
会長様の好みに合うように。会長様の価値観から逸脱しないように。会長様の地雷を踏まないように。
そうやってきた。
でも、私は紫の君ではない。だから、『紫の上』にはなれない。
「あなたが待てと言うなら、永遠に待つ」
会長様への言葉でこの言葉だけは後悔している。
犬のように従順に……ではない。私はただ、動くのが怖かっただけだ。
自分が要らないものだと知るのが、怖かっただけ。
傍にいたいと願いながら、それを描く未来はない。
だったら、永遠に待っている方が楽だっただけ。
傍にいたら、余計なものを見てしまう。
許せなくなってしまう。
痴漢をされないために、女の子にミニスカートをやめた方がいいというのも、
季節性の鬱 なんて、気のせいというのも、
小さな感覚のズレが許せなくなる。
それが大半の人の感覚だけれども、私はそこに馴染 めない。
「人間になりなよ」
最初の頃、会長様はそう言った。
私は『人間』を目指した。人の間で生きるための術と感覚を身につけようとした。
自分の感覚を潰 して、見なかったこと知らなかったこと聞かなかったことにした。
けど、私は自分の感覚を取り戻して、自分の言葉を得てしまった。
紫の君にはなれない。人間にはなれない。
私はどこまでも臆病で泣いている。
それでも私はずっと
あなたを待っている。
従順でも臆病でもなく、ただ
『あなたの傍にいたい』から。
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