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✞ 年明けの頃2 ✞

2022/10/20
文字数:約924文字

   【 入社 】

 意味も分からず、流されるまま。
 行き着く場所はどこでしょう。流れ着く場所も知らないまま。
 狂い始めたのはどの場所からだったのだろう。


 家に帰った私に母は冷ややかだった。
「どうだった?」
「交通費、貰った~」
 私はいつものおどけた調子で答えた。
「そう」
「で、明日も説明会だって」
 躊躇いとまどいつつも言ってみる。
「明日も?」
 やっぱり母の顔は曇る。
「……うん」
「いつの間にか入社なんて事になってるんじゃない?保険屋は口が上手いから」
 母の嫌味を含む言葉に私は笑う。
「そんな事ないよ」
 不安を抱えて放った言葉に説得力はなかった。

 次の日も晴れていた。冬なのに雪は未だ本格的には降っていない。
 晴れた日には雪は溶けて青空が覗く。
 父の仕事を手伝いながら、2人を待って一緒に移動。
 昨日と同じ場所に着いて、目の前にあったのは……書類だった。

――疑問はあった。

「これと、これとここに記入して」
 説明をしてくれる指導者さん。

――疑問はたくさんあったはずなのに、何一つ言葉にならなかった。

「あの。これ? 大丈夫なんですか?」

 頭の中で膨れ上がる疑問からやっと出た言葉が、それだった。
「大丈夫。嫌になったら、辞めればいいのよ」
 聞きたかったのは、そんなことじゃなかった。
「時間がないから、早くしてね」
 急かされるように、記入していく。
 一つ一つの文字が躊躇いがちに止まる。
「……あの」
 言葉は続かない。
「書けた? あ。判子、持ってきてるよね。ほら、書いて」
 全ての動作がいつにも増して、遅い。
 だけど、止まる事は無い。

――疑問は何一つ消えない。

 全てを記入し終えて、説明会場に向かう。
 説明会は終っていた。
 何をしてるんだろうと思った。
 説明会なんて名ばかりで……。
「明日、入社式ね」
 指導者さんが隣でそう言った。
 何で???
 そう思ったはずだった。

――疑問は言葉にはならなかった。

 流されていた。

 家に帰って私は笑って母と妹たちに言った。
「何か、知らないうちに入社する事になったみたい」
「何やってるの!?」
 母も妹も同じ事を言った。
「何やってるんだろうね?」
 私は笑って答えた。

 どうにかなるだろうと思った。
 この時はまだそう思っていた。




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