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✞ 年明けの頃5 ✞

2022/10/20
文字数:約1110文字

   【 吹雪 】

 冷たさも寒さも感じなかった。
 自分が歩いている場所さえ、知らなかった。
 行き場所を決める事が出来ないまま歩いていた。


 雪の季節が終る頃。
 研修で一日の報告をした後、課長さんに叱られた。
 悪いのは私だと思う。
 やる気がなかったのは事実。
 あまりにもいい加減なのは伝わっていただろう。
 それが課長さんには不愉快だったのだと思う。
「やる気がないのか? 目標があるんだろう?」
 『ない』ときっぱり答えられたら良かったと思う。
 でも実際は、嫌味なその口調に何も言えなかった。
 私はじっと時が過ぎるのを、耐えた。
「やる気がないなら、辞めればいいだろ」
 ……辞めたかった。
 泣きそうになるのを必死で堪えた。
 周りが好奇の目で見ていた。
「もう、行っていい」
 そう言われて、私は何も言わずにカバンをとってその部屋を出た。

 苛立ちを抑えて時計を見ると、電車の時間は過ぎていた。
 次の電車は1時間後。
 駅に着いて、どうしようかと思った。
 自分に酷く苛立っていた。
 息をすることさえままならない。
 整えようとすればするだけ、息苦しさが増す。

 帰ろう……歩いて。
 駅から家までの距離も道も知らない。
 空は雨がぱらついている。

 そんな事はどうでも良かった。

 歩いていれば、いつかは家に着く。
 雨もそのうち止むだろう。
 普段なら、冷静なら、そんな無茶は考えなかった。
 頭を感情を冷やしたかった。

 何をやってるんだろう。
 あんな事まで言われて、やっている意味があるんだろうか?
 家族も辞めればって言っている。
 私もやる気がない。
 何のためにこんな仕事をしてるんだろう。

 零れ落ちた涙は雨と混ざった。
 道行く人は傘をささない私をどう思うのか。
 失恋でもしたように見えるのかと、ふと思った。

 歩きながら自己嫌悪が消えなかった。
 何も言い返せなかった自分が嫌だった。
 流されている自分が嫌だった。
 嫌だと言えない自分が嫌だった。
 いい子でいたかった。

 大丈夫。私は大丈夫。
 こんな事、たいした事じゃない。
 平気な事だから……いつもの事だから。
 よけいな言葉はいらない。
 自分自身に言い聞かせた。


 歩いて歩いて……気がついたら、雨は雪に変わっていた。
 雪は吹雪に近くなって……あたりはすっかり暗くなった。
 家に着くのは無理だと思った。
 電話をしたくても携帯はなかった。
 電池が切れていた。


 暗闇の中、車のライトが冷たかった。


 目についた公衆電話から電話をしようとしたけれども、繋がら無かった。
 公衆電話の使い方を私は知らないのだとこの時、初めて分かった。

 諦めて歩いて……家に辿り着いた。



※駅から家までの距離約30キロほど(2019年追加)




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