文字数:約1110文字
【 吹雪 】
冷たさも寒さも感じなかった。自分が歩いている場所さえ、知らなかった。
行き場所を決める事が出来ないまま歩いていた。
雪の季節が終る頃。
研修で一日の報告をした後、課長さんに叱られた。
悪いのは私だと思う。
やる気がなかったのは事実。
あまりにもいい加減なのは伝わっていただろう。
それが課長さんには不愉快だったのだと思う。
「やる気がないのか? 目標があるんだろう?」
『ない』ときっぱり答えられたら良かったと思う。
でも実際は、嫌味なその口調に何も言えなかった。
私はじっと時が過ぎるのを、耐えた。
「やる気がないなら、辞めればいいだろ」
……辞めたかった。
泣きそうになるのを必死で堪えた。
周りが好奇の目で見ていた。
「もう、行っていい」
そう言われて、私は何も言わずにカバンをとってその部屋を出た。
苛立ちを抑えて時計を見ると、電車の時間は過ぎていた。
次の電車は1時間後。
駅に着いて、どうしようかと思った。
自分に酷く苛立っていた。
息をすることさえままならない。
整えようとすればするだけ、息苦しさが増す。
帰ろう……歩いて。
駅から家までの距離も道も知らない。
空は雨がぱらついている。
そんな事はどうでも良かった。
歩いていれば、いつかは家に着く。
雨もそのうち止むだろう。
普段なら、冷静なら、そんな無茶は考えなかった。
頭を感情を冷やしたかった。
何をやってるんだろう。
あんな事まで言われて、やっている意味があるんだろうか?
家族も辞めればって言っている。
私もやる気がない。
何のためにこんな仕事をしてるんだろう。
零れ落ちた涙は雨と混ざった。
道行く人は傘をささない私をどう思うのか。
失恋でもしたように見えるのかと、ふと思った。
歩きながら自己嫌悪が消えなかった。
何も言い返せなかった自分が嫌だった。
流されている自分が嫌だった。
嫌だと言えない自分が嫌だった。
いい子でいたかった。
大丈夫。私は大丈夫。
こんな事、たいした事じゃない。
平気な事だから……いつもの事だから。
よけいな言葉はいらない。
自分自身に言い聞かせた。
歩いて歩いて……気がついたら、雨は雪に変わっていた。
雪は吹雪に近くなって……あたりはすっかり暗くなった。
家に着くのは無理だと思った。
電話をしたくても携帯はなかった。
電池が切れていた。
暗闇の中、車のライトが冷たかった。
目についた公衆電話から電話をしようとしたけれども、繋がら無かった。
公衆電話の使い方を私は知らないのだとこの時、初めて分かった。
諦めて歩いて……家に辿り着いた。
※駅から家までの距離約30キロほど(2019年追加)
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