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✞ 雨の刺す頃2 ✞

2022/11/02
文字数:約1127文字

   【 涙雨1 】

 何をしたいのだろう。
 何をしているんだろう。
 どうして、こうしてるの?


 毎日続く雨の日。
 指導者さんは従姉妹の指導者さんとして忙しく、私はいつもの通り、指示されないまま動く。
 適当に書類を作って、時間を見て会社を出る。

 雨は小降りだった。
 持っていこうか迷いつつ、傘を手にした。
 いつもの地域を歩いて回る予定。
 ……だった。

 何があったわけじゃない。
 息をしたかっただけ。
 建物から出たとたん、刃を取り出していた。
 歩きながら、傷をつける。
 腕につけた傷はいつもと違って、すぐに血の雫がじんわりと染み出した。
 ああ、深かったのかな。
 他人事のようにそう思った。
 数本の筋をつけると刃を一旦仕舞った。

 仕事をしようと思っていたはずなのに、足は公園のベンチで止まる。
 ――疲れたかな。
 ――疲れた。
 手はやっぱりそれを握り締めていて……。
 ――いいよね? いつもの事だし。

 誰に断るでもなく、『いつもの事』を始める。
 感覚が消える。
 雨の音も、周囲の景色も、手に持った刃も目に入ってない。
 ――痛いはずなのにな。

 赤が増える。
 皮膚を裂いて、ふつふつと丸く雫が現れる。
 ――痛いのかな?
 全てが他人事。
 痛みなんて感じない。

 手を止めれば、現実がある。
 仕事と言う現実。
 傷跡と言う現実。
 自分と言う現実。

 ――仕事、出来てないね? 頑張れてない。
 ――親が心配するよ? 何も解決しない。
 ――頑張れない私なんか、要らないんじゃないの?
 怖いくらいの現実が広がる。
 私は手を動かす。

 時を刻む時計の音がやけに響く。
 仕事……しなきゃ。
 急かされるように、心だけがゆっくりと焦る。
 重たい足を動かして、ベンチから離れた。

 ポスティング用のチラシを片手に、歩き出す。
 数件だけチラシを配るうちに、雨が少し強くなる。
 止まないかな?
 そう思いつつ、見上げた空は灰色だった。
 手に刃を持って、数本歩きながら切る。

 ますます激しくなる雨。
 捲まくりあげた腕が濡れる。
 切った傍から血が滲み、雨と混じった。

 腕がじんじんと痺れる。
 ……まずいな。服が汚れる。
 血が固まらないでいつもより広がる。
 ふと見ると、袖口が少し変色していた。
 ……血が付いたかな?
 とりあえず、また公園に向かった。

 服についた血は気になるほどじゃなかった。
 ……どうしようか?
 雨で濡れた服は体温を奪う。
 少し肌寒さを感じた。
 私は水溜りを弾く雨を見ながら、やっぱり刃を握り締めていた。
 服が少し乾いた所で、歩き出す。

 雨は止んでない。
 濡れる服をどうしようかと思いつつ、傘を差す気はなかった。
 差さなきゃという焦りはあった。
 足はゆっくりと引きずるように、会社へと向かう。




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