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✞ 雨の刺す頃3 ✞

2022/11/02
文字数:約1093文字

   【 涙雨2 】

 何が出来たと言うのだろう。
 何が出来ると言うのだろう。
 どうして、こうしなければならないの?


 会社に着いた時には、またびしょ濡れだった。
 このまま中に入るのはさすがに、気が引けた。
 とりあえず、雨の当らない所でうずくまる。
 寒かった。
 震える体を抱きしめながら、どうしようかと思案する。
 服が乾かない事には、ここから動けなかった。

「何をしてるんだ?」

 不意に声が頭の上でする。
 顔をあげると支部長だった。

 ……最悪!!
 頭の中がパニックに陥る。

「何かあったのか?」
「あ、いえ」
 どう答えていいのかも、判らなかった。
「とりあえず、会社に入ろう。そのままじゃ、風邪を引く」
「あ、はい」
 私は入りたくなかったが、見つかってしまったのでしょうがない。
 ふと見ると、研修生さんも支部長と一緒だったようだった。

 会社に入った私はどうしていいのか、判らなかった。
 荷物を自分の席に放り出し、座り込む。
 所長さんが「何があったの?」と支部長と同じ事を聞く。

「何も……」
 私は苦笑いしながら答えた。
 心配そうな声が耳障りだった。
 指導者さんが入ってきて、私を見て同じ事を言う。

「何があったの?」
「何も」
 私は書類をロッカーに片付ける。
「ちょっと、来て」
 指導者さんが私を皆から見えない影へと引っ張る。
 そして、タオルを渡してくれた。

「とりあえず、拭いて。びしょ濡れじゃない」
 私はそれを手にして髪を拭く。
「着替えは? 持って来てるわけないね。どうする?
 今日はこの後、研修の方に行かなきゃいけないでしょ?」
 頭の中でどうしようかと考えるが、このままでもいいかと思っていた。

「一旦家に帰って、着替える? それとも、服を買いに行く?」
 私は無言だった。
 それに困ったのか、とりあえず指導者さんは私を車に乗せた。
 そして、従姉妹ちゃんを呼び出す。
 やって来た従姉妹ちゃんが、同じ事を言う。

「何があった?」
 同じ事を何度聞かれても、私の答えも同じ。
「別に何も……」
 指導者さんは従姉妹ちゃんになら、私が何かを言うと期待していたようだった。

「研修で嫌な事でもあった? 誰かに何か言われた?」
「何もないよ」

 何も言わない私に二人は困ったようだった。
 濡れた服を着替える為に、私は指導者さんに家まで送ってもらった。

 車の中でもしつこく同じ質問が続く。
「何があったの?」
「……」

 私は終始無言だった。
 何もなかった。
 いつも通りだっただけ。
 ワイパーが雨を弾いて動き回る。

「何か言ってくれないと」

 ――言えるわけがない。
 ――言ってしまいたい。
 相反する考えが頭の中を過ぎる。
 私は腕を握り締めた。




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