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✞ 雨の刺す頃4 ✞

2022/11/02
文字数:約929文字

   【 涙雨3 】

 何もしなかった。
 何も出来なかった。
 どうして、責める事が出来るだろう?


 家が近くなった頃、指導者さんの視線が私の腕に向く。
 指導者さんの顔色が変わったのが判った。
「どうしたの?」

 車を道端にとめ、私の腕をまくる。
 私の視界が歪む。
 ……気付いて欲しかった。気付いて欲しくなかった。
 ――遅いよ? 今更?
 毎日、傍にいたのに気がつかなかったくせに。
 どこかで、指導者さんを罵ってる私がいた。

「猫に引っ掻かれたの?」
 私は無言で首を振る。

 そんな傷じゃ無い事は一目瞭然だ。
 戸惑いながら指導者さんは傷を見渡す。
 そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「自分で……やったの?」

 息が詰まる。
 ――否定できない。
 ――否定したい。
 空気がない。

 私はやっとの思いで首を縦に振る。

「どうして?」
 呆然とする指導者さんの言葉に、私は泣き出す。
 ――どうして?私が聞きたい。
 どうして、こんな事をしてるの?

 自分でも判らない答えに答えられるはずはない。
 何も答えない私に、指導者さんは質問を変える。

「家の人は知ってるの?」
 ――言えるわけがない。
「どうするの?」
 ――どうしよう。
 私が何も答えないまま、時間だけが過ぎる。
 指導者さんは車を動かした。
 家に着いて、指導者さんに親を呼んでくるように言われた。

「指導者さんが来てるの」
 私は母に苦笑いでそう言って、部屋に入った。
 母は玄関に行って指導者さんと何かを話していた。
 私の部屋は玄関の隣なので聞き耳を立てれば聞こえるが、そうしなかった。
 着替えを済ませて、話が終わっただろう頃に部屋を出る。

「それじゃあね」
 そう言って、指導者さんは帰っていった。
 私は会社に戻らなくていいのかと拍子抜けした。
 母と指導者さんの話の内容は気にしてなかった。


 夜、画面の向こう側の二人に私がリスカをしてる事を教えた。

 二人の反応はまったく正反対だった。
 一人は「家族に抱きしめてもらいなさい」と。
 ……それが出来るなら、そうしている。
 判ってもらえなかったのが、悲しかった。

 一人は「止めるべきだった。ノアちゃんが、会社に入る時に止めるべきだった」と。
 ……それはもう戻らない時間だよ?
 悔やんでくれるのが、嬉しかった。




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