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✞ 11話 弟の記憶 ✞

2023/02/13
文字数:約1251文字

 私が5歳の時、突然、弟が現れた。
 よくドラマなんかでは「弟が出来るのよ」なんて、子供にいうシーンがあるが、そんなものは一切なかった。
 私たちは何日間か祖母の家に預けられて、母に会えなかった。

 会えたと思ったら、母の腕の中に弟が居た。
 成人後に、それをはーちゃん(下の妹)に言うと「おなかで分からなかったの?」なんて言われた。
 はーちゃんにとっては、『小さなころから弟と一緒』の記憶しかないのだろう。
 けれど、弟がやってきたことを覚えている私は

 あの頃の母は、ずっと・・・太って・・・いて・・、妊娠しているかどうかなんて全く分かんなかったんだよ!!

 と叫びたかった。
 はーちゃんには『太った母の記憶』もないらしい。


 母は「あの時の、あんたたちのキョトンとした顔、面白かったわ」と言う。
 何も説明されていない子供が、キョトンとせずにただ喜ぶだけの顔をする方が怖いわ。

 弟の名前は祖父母の父が付けた。
 漢字も付けてくれたらしいが、母がそれは古風すぎると言って変えた。


 そんな感じでやってきた弟は、私たちのおもちゃと化した。
 3人姉妹に末の男の子……おもちゃにならない方が不思議だ。
 かわるがわる抱っこしてみたり、つついたり、ぷにぷにしてみたり、遊べるだけ遊んだ。
 母は私たちに抱っこを任せることはせずに、ずっと傍についていた。
 飽きると母に渡したり、寝かせて置いたりした。


 弟は男の子だからか、成長が早かった。
 首の座りも歩くのも早かった。

 そして、ケガやいたずらも多かった。

 弟がまだ歩きださないころ。
 一人でコロコロと寝返りを打っている思っていたが、突然全く動かなくなった。
 目は開いている。意識はある。
 泣きもしなければ、動きもしない。
 抱き上げると、腕がだらんと垂れ下がっている。
 母は、おかしいと思って病院に行ったそうだ。
 原因は「関節を外した」というだけだった。
 関節を戻してもらって、弟は動くようになった。
 病院では「子供にはよくある事」と言われたらしいが、母にとっては初めてだった。

 弟のいたずらも写真に残して飾ってある。
 精米機の前で、呆然(ぼうぜん)と座り込んでいる姿だ。
 その日の朝は、いつものように母は台所で作業をしていて、皆がそれぞれ朝食を食べ終えて、朝の準備を始めていた。
「あれ? くーちゃんは?」
 誰かがそう言った。
 さっきまでテーブルの傍に居たくーちゃんが見当たらなかった。
 皆がワタワタと「くーちゃん?どこにいるの?」と呼んでいると

 ザ―――――――。
 と大きな音がした。

 精米機の方からだと気が付いた母が、廊下の先をのぞくと くーちゃんがいた。
 母が精米機を止めて、音が止む。
 泣きもせずキョトンと座り込んでいるくーちゃんをみて、母が笑いだす。
「面白い!! 写真に撮ろう!!」
 そう言って母が撮った写真が引き伸ばされて、長い間家に飾ってある。

 散らばった米の片づけだけで終わって良かった。
 変なところに指でも突っ込んでいたら、ケガをしていたかもしれない。


 弟は唐突にやってきて、いろんな事件で家の中を騒がせていた。




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