文字数:約1473文字
小学生の時から、あまり喋 らない子が気になっていた。
彼女とは小学校でクラスが一緒だった。名前はカワムラさんと言った。
中学の1年生までは一緒のクラスで、2年からは体育の時間だけ一緒になった。
お互いに喋 らないのだから、接点は少ない。
一度だけ、プールの時間に話しかけられたことがある。
「プールに入らない理由って何?」
中学生にもなると、誰もプールには入りたがらない。私もその一人だった。
泳げないし、着替えるのが面倒だし、体育の成績は最低値なので、プールに入らない事で成績を下げられても困らなかった。
彼女も入りたくはなかったのだろう。
「えっと。ケガしているから」
と、私は馬鹿正直に答えた。実際に足をひねって痛みがあったが、プールに入れないほどではなかった。
「そっか。私、理由がなくて……」
小さな声なので、所々の音が聞き取れない。脳内補完で、カワムラさんの言いたい事を考える。
「生理とかは?」
ありきたりものしか頭に浮かばない。
「それは、この間、使っちゃって」
「そっか……」
「……」
「……」
「……」
「……ごめん。思いつかない」
「……そう。ごめんなさい」
謝られてしまった。せっかく話しかけてもらえたのに、何も答えられなかった。
彼女と話したのは、この時だけだった。
高校に入っても、彼女とは体育の時間だけ一緒だった。
けど、その顔が暗く落ち込んでいる。喋 らないその顔がとても暗かった。
体育の時間しか、彼女を見かけないので、最初は気のせいかと思った。
時間が経てばたつほど、カワムラさんの顔は暗くなっていった。
彼女のクラスにはもう一人、『喋 らない(返事が小さい)子』がいた。
私は最初、その子も私やカワムラさんと同じようなタイプかと思っていた。
ある体育の時間。
『喋 らない子』がカワムラさんに、ボールをぶつけるのを見た。
気のせい……と思おうとした次の瞬間、再びボールがカワムラさんにぶつけられる。
この時初めて、私はカワムラさんの暗い顔の原因を知った気がした。
先生が見ていない時を見計らって、ボールをぶつける狡 さを持っている。
体育が選択になった。
私はダンスを選んだ。カワムラさんもダンスを選んでいた。
あの『喋 らない子』もダンスを選んでいた。
ある日、喋 らない子が、カワムラさんをからかうように顔の前で手をふりあげて、軽く当てていた。
いじめと言われても、「わざとじゃない」と言える程度の『おふざけ』に見える。
先生はそれを見て、「それ、いいわね。ダンスの振り付けにしましょう」と言った。
カワムラさんを中心にして、周りのみんなが手をふりあげて、降ろす……という、ダンスの振り付けになった。
私はがく然とした。
目の前で行われていたのは、「いじめ」なのに先生にはそれが見えていない。
こんな感じの巧妙ないじめが、カワムラさんの周囲でずっと行われていたのかもしれない。
私が声を上げればいいのだろうかと、しばらく悩んだ。
けれど、お喋 りが苦手な私は、なるべく『先生に何かを伝える』と言う事を避けたい。
伝えたところで「ふざけただけ」「勘違い」と言われたら、気まずくなるのは私ではなくて、カワムラさんかもしれない。
いろいろ考えた揚げ句、私は声を上げるのをやめた。
私に出来たのは、『どうか死なないでください』と願う事だけだった。
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