文字数:約1101文字
私はその日、溜まり場に泊まった。
何の用事だったかは忘れたが、何かきっかけはあった気がする。
いつもの通り、夜のお喋 りになる。
なるべく小さな声で……ここの防音は一切期待できないのだから。
何かを話しては、ウトウトとしてしまう。
手は繋 いだままなのは、いつもの癖。
「私はおまえを、傷つけていない?」
会長様が、唐突に聞いてくる。
「……」
どう言えばいいのか。もう、それはどうしようもないのだと。
最初から分かっていた……なんて、今更言えない。
たくさん傷ついているとも、言えない。
飲み込んだ言葉の数が多すぎて、ほとんどは覚えていない。
「大丈夫だよ」
私が言えるのはそれだけ。
だって、傷ついたことを言えば、傷つけてしまう。
夜が明けて、窓の外がうっすら明るくなってきた。
会長様が布団を抜けておトイレへと立った。
私は布団の中でごろごろしている。
部屋のドアが開いて戻ってきたけれども、布団には入って来なかった。
布団の中から会長様の様子をうかがうと、身支度を整えていた。
今日も早いと言っていた……ような気もする。
私も起きた方がいいのかなと、布団の中で考える。
どうしようかなと、再び布団から顔を出すと、会長様と目が合った。
「好きだよ」
会長様が何かを言った。
いや。ちゃんと私の耳にそれは届いたけれども、理解が出来なかった。
「好きと言っているの。分かっている?」
会長様が、再び繰り返して言った。
ん?えーと。これって、いつもの会員様に言っているやつと同じって事?
と、いう考えが私の頭をよぎる。
会長様はよく他の会員さん達と「愛いしてる」とふざけ合っていた。
私には言わない。だって、私は本気にするから。
「ノアちゃんが好き……今更かもしれないケド。今まで、いろいろありがとう。
私、もう、大丈夫だから」
やっと理解した。
理解した途端に、私の中に『悲しみ』が広がった。
いや。ここは『嬉 しい』と思うべきだと思う私がいた。
けれど、どこを探しても私の中に『喜び』がなかった。私はそんな自分にゾッとした。
そして、もう、私が傍にいる必要がない事を知った。
本当に好きなら、私は会長様の傍から離れるべきだと、私は思った。
両想いだと知ったからと言って、この先があるわけではない。
何かが変わるわけではない。この関係に名前がない事も変わらない。
私は彼女の事を何も知らない。
それでも『好き』な事に変わりはない。
けれども、固定化されてしまった歪 んだ関係は今更、変えようがなかった。
私はそこに心地よさすら感じていて、変えてしまう事を恐れていた。
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