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✞ 1話 歌姫 ✞

2023/06/25
文字数:約1263文字
 歌姫様と出会ったのは、とあるSNSだった。
 毎日の愚痴日記にコメントをくれたのが、歌姫様だった。

 落ち込みや恋愛に共感をしてくれて、私は彼女が気になった。

 東京に行った時に彼女に会った。
 一人で話が出来ないので、会長様を連れて二人の会話を楽しむ事にした。
 会長様の事も日記で愚痴っていたので、歌姫様は知っていた。
 会長様には歌姫様の事を伝えていなかったので、会う事が決まってから簡単に話をした。

 歌姫に会ってみると、思ったよりも背が小さかった。歳は私と同い年。
 長いサラサラの髪が、印象的だった。

 会ってすぐに、ギターの弾き語りを一曲、聞かせてもらった。
 私は音楽が全く分からないけど、彼女の曲は好きだった。

 その後は食事をしながら、話をした。会長様とは気があったらしく、二人で延々と話し込んでいた。
 二人の話は聞いていて楽しかった。


 歌姫は親に歌う事を快く思われていないと言っていた。
 やがて、親から出て行けと言われて、家を出たという話だった。
 私はその話を、全てが終わってから聞かされたが、会長様は私よりも前に聞かされたらしい。

 歌姫様のライブに行って、話に夢中になって夜行バスに乗り遅れた事もあった。
 その時は、歌姫様の引っ越したばかりの部屋に泊まった。

「うちはね。勉強が出来ていたら、他は何をしてもいいって感じだった」

 そんな話を歌姫様から聞いた。
 確か、医学部に入学した話がブログに書かれていたのを思い出した。
「でも、音楽はダメって言われちゃって、大喧嘩おおげんか

 彼女は笑って言ったけど、かなりショックだったのは目に見えて明らかだった。




 ある日、歌姫様から真夜中にメールが来た。
 私はそのメールを昼になってから読んだ。


『会長さんを怒らせたみたいで、
 最後に会おうって言われた。どうしたらいいのか分からない』

 と言うようなものだった。
 会長様を怒らせるとは何をしたのだろうか?と考えてしまった。
 めったな事では怒る人ではない。会長様が怒るなら、それなりの理由があるのだろう。

 慌てて歌姫の方へメールを送る。
『会長様は厳しいけど、ひどい人じゃないよ。
 慌てなくても、そんなに怒っていないかもしれない』


 とりあえず、会長様に事情を聞く事にした。

『ちょっと、厳しい意見を言ってしまって……
 私がファンなのかどうか分からないって言われた。
 ファンじゃなかったら、意見を聞かないのかって思って』

 歌姫は私と同じで、心が強くはない。
 まして親から家を追い出された後で、厳しい意見はつらいと思う。
 けど、会長様はプロになるならという視点で言ったのだろう。

 ため息が出た。
 歌姫が遊んでいるとは思わない。彼女は彼女で必死で頑張っている。
 けど、会長様の目から見たら、それは全然ダメなのだろう。

 私が言うまでもなく、会長様の方から『言いすぎた。謝っておく』と返事が来た。

 この件は、会長様が謝って落ちついたらしい。


 ただ、私は全く別の事を考えていた。
 私はきっと『最後に会おう』なんて、言ってもらえない。
 そう言ってもらえる歌姫が羨ましいと思った。




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