文字数:約1309文字
関東に引っ越して、歌姫の路上ライブに行ってみる事にした。歌姫様にも行くと伝えた。
以前に会ってから、一年以上経 っている。
話はブログやメールで近況は聞いていたけれども、それ以上は分からなかった。
「歌姫に久しぶりに会うの」
と、話すと会長様は怪訝 な顔をした。
「え。会うの?勇気あるね」
その言葉の意味が私には分からなかった。
「私は、もう無理だな」
「何かあったの?」
「うーん。会ってみたら、分かるよ」
会長様は具体的に何とは言わなかった。
その言葉は、歌姫の路上ライブを見て理解した。
以前は路上の隅で、わずかに足を止める人を相手に歌っていた。
私はそのイメージで歌姫の路上ライブを見に行った。
路上で通行人の邪魔になるくらいの客が集まっている。
何度も、場所と時間を確認して辺りを探して、何度かその集団を素通りした。
何度探しても見つけられず、代わりに別の歌い手の歌を聞いていた。
その歌い手さんからチラシまで貰 ってしまって、帰ろうと駅へ向かった。
その途中でまだ、あの『邪魔な集団』がライブをしていた。
そこでふと、聞き覚えのある声が耳に届いた。
足が止まりかけたが、ここでは通行人の邪魔になってしまう。少し先の広い場所まで歩いてから、振り返って歌っている人を確認した。
歌姫だった。
ゾッとしてしまった。
お客のほとんどがオジサンだ。盛り上げている男たちと、それに乗せられてアイドルのように歌う歌姫。
歌もよく聞くと、聞き覚えのあるものだった。ただ、空気だけが違っていた。
何だこれ?
私が知っている歌姫ではない。いや。私が勝手に理想化していただけだと言われたら、それまでだ。
けれど、これは……ナイでしょ。
「通行人の邪魔になってしまうので、もう少し離れてくださいね」
歌姫はそう言うが、その場所でそれだけの客が集まれば『邪魔』にしかならない。
私は頭の中で、歌姫のこれまでのブログとコメント欄を思い出していた。
最近はファンが増えたという話をしていた。かつらを付けて、見た目も変えているというのも書いてあった。
ファンのコメントが増えていたのも見ているけど、それが、これ?
私は、歌姫に話しかける事が出来なかった。
『ごめん。見つけられなかったから、帰るね』
歌姫にはそうメールをして、帰った。
会長様には、呆 れられた。
「歌姫のブログを見ていたら、分かるでしょ」
「わかんないよ。確かに、変なコメントもあったけど、全体的にはそこまでおかしくはない」
「そっか。だよね。会っていなかったし」
「わかんない。何あれ?」
「……だから、私も言っちゃったんだよね。
気持ち悪いファンだって。そしたら、あの子怒っちゃって……でも、怒るのはファンを大切にしているって事だし、いいのかなと。でも、私は無理だなって」
あれでいいの?あれは、歌に惹 かれているわけではない。
でも、怖くて本人には聞けない。
歌姫とは、距離を取るようになった。
ブログでは倒れて、家に戻った事が綴 られていた。
そして、あのアイドルのような活動はやめたと書かれていた。
ブログは消えてしまって、今ではどうしているのかも分からない。
でも、今でも歌姫様の歌は好き。
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