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✞ 2話 アイドル ✞

2023/06/25
文字数:約1309文字
 関東に引っ越して、歌姫の路上ライブに行ってみる事にした。歌姫様にも行くと伝えた。
 以前に会ってから、一年以上っている。
 話はブログやメールで近況は聞いていたけれども、それ以上は分からなかった。

「歌姫に久しぶりに会うの」
 と、話すと会長様は怪訝けげんな顔をした。

「え。会うの?勇気あるね」

 その言葉の意味が私には分からなかった。

「私は、もう無理だな」
「何かあったの?」
「うーん。会ってみたら、分かるよ」

 会長様は具体的に何とは言わなかった。


 その言葉は、歌姫の路上ライブを見て理解した。

 以前は路上の隅で、わずかに足を止める人を相手に歌っていた。
 私はそのイメージで歌姫の路上ライブを見に行った。

 路上で通行人の邪魔になるくらいの客が集まっている。
 何度も、場所と時間を確認して辺りを探して、何度かその集団を素通りした。

 何度探しても見つけられず、代わりに別の歌い手の歌を聞いていた。
 その歌い手さんからチラシまでもらってしまって、帰ろうと駅へ向かった。
 その途中でまだ、あの『邪魔な集団』がライブをしていた。

 そこでふと、聞き覚えのある声が耳に届いた。
 足が止まりかけたが、ここでは通行人の邪魔になってしまう。少し先の広い場所まで歩いてから、振り返って歌っている人を確認した。

 歌姫だった。

 ゾッとしてしまった。
 お客のほとんどがオジサンだ。盛り上げている男たちと、それに乗せられてアイドルのように歌う歌姫。
 歌もよく聞くと、聞き覚えのあるものだった。ただ、空気だけが違っていた。

 何だこれ?

 私が知っている歌姫ではない。いや。私が勝手に理想化していただけだと言われたら、それまでだ。
 けれど、これは……ナイでしょ。

「通行人の邪魔になってしまうので、もう少し離れてくださいね」

 歌姫はそう言うが、その場所でそれだけの客が集まれば『邪魔』にしかならない。
 私は頭の中で、歌姫のこれまでのブログとコメント欄を思い出していた。
 最近はファンが増えたという話をしていた。かつらを付けて、見た目も変えているというのも書いてあった。
 ファンのコメントが増えていたのも見ているけど、それが、これ?

 私は、歌姫に話しかける事が出来なかった。

『ごめん。見つけられなかったから、帰るね』

 歌姫にはそうメールをして、帰った。



 会長様には、あきれられた。
「歌姫のブログを見ていたら、分かるでしょ」

「わかんないよ。確かに、変なコメントもあったけど、全体的にはそこまでおかしくはない」
「そっか。だよね。会っていなかったし」
「わかんない。何あれ?」

「……だから、私も言っちゃったんだよね。
 気持ち悪いファンだって。そしたら、あの子怒っちゃって……でも、怒るのはファンを大切にしているって事だし、いいのかなと。でも、私は無理だなって」

 あれでいいの?あれは、歌にかれているわけではない。
 でも、怖くて本人には聞けない。

 歌姫とは、距離を取るようになった。
 ブログでは倒れて、家に戻った事がつづられていた。
 そして、あのアイドルのような活動はやめたと書かれていた。

 ブログは消えてしまって、今ではどうしているのかも分からない。
 でも、今でも歌姫様の歌は好き。




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