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✞ ☆22☆ 隣人2 ✞

2023/07/27
文字数:約1499文字
「で、何食べる?」
 隣人はグラスにお茶を入れてテーブルに置き、デリバリーのメニューをいくつか、私に渡してきた。

「え?お店は?」
「食べに行くの疲れるじゃん。おごるから、デリバリーにしよう」

 話がどんどん変わっていくが、私も食べに出るのは面倒だったので、それでいいと思った。
 けれど、食べたいものがあるわけではなくメニューを手にしながら、見る気は起きなかった。

「ピザとかどう?俺、デリバリーした事はないんだよね」
「そうですか。私もあまり……ないです」


「じゃぁ。これでいい?」
 隣人が適当にピザと飲み物を決めた。けれど、注文を始める様子がなかった。
 ネット注文かなと思ったが、しばらくしてから、テレビを消して携帯で注文を始めた。
 私はそれを黙って聞いていた。

「俺、初めて注文したんだ。ドキドキしちゃったよ」

 テレビを付けながらそう言う隣人。「そっか。すごいね」と一応、褒めておく。
 ピザが届いて食べながら、お互いにたわいもない事を話す。
 食べ終わると、私は部屋に帰った。

 携帯のタイマーは鳴ったが、必要はなかった。


 それから、10日後ぐらいにメールが来た。
 休日で私は、いつものように講座かイベントか何かに参加して、帰るところだった。

『また、部屋に来て話を聞いてほしい』

 私は疲れがどっと押し寄せて来たように感じた。
 陽はすでに傾いている。疲れているのに、これからまた『人の話を聞く』という疲れる事を要求されている。

『ごめん。今、部屋にいないし、帰りが遅くなるから、難しいです』
 なるべく丁寧に断ったつもりだった。

『遅くなってもいいから、部屋で話を聞いてほしい』
 再び来た無茶な要求に、怒りが湧く。

『遅くなってから男性の部屋に行きたくないので、今日は無理です』
『この間は来てくれたじゃないか。ボランティアをする人間って、周囲の人間には冷たいって本当だね』

 怒り満載の返信メールに嫌気がさして、私は返事をしなかった。
 ボランティアをしている話は隣人にしたが、こんな風に返ってくるとは思わなかった。

 帰りに部屋の前で待ち伏せでもされたらどうしようと思ったが、そうはならなかった。
 しばらくして、隣人から謝罪のメールが来たが、私は無視をした。

 仕事をやめて、隣人とはそれきり……には、ならなかった。


 ……。
 …………。
 仕事をやめて数年後、LINEアプリを入れた時に連絡が来た。

『久しぶり、誰だか分かる?』

 という文章から始まったが、最初は誰だか分からなかった。こんな不躾ぶしつけで無礼な人間は私の周りにたくさんいたからだ。

『また、食事にでも行こう』
 恐らく関東にいた頃に知り合った人間だろうという事が推測できた。

『誰だか分からないんですけど?』
 相手は私だと分かっているようで、私の本名の名前を呼んでくる。気持ち悪い。
 名乗らない相手に礼儀正しくするほど、私は優しくない。仕事の関係でないなら、尚更だ。

『今ね。彼女と住んでいて、幸せなんだ』
 そんな惚気のろけを入れるも、突っ込みも指摘もなく『俺は相変わらずだよ』と自分の話をしてくる。

 かみ合わない会話をしながら、途中で『誰ですか?』と入れる。
 すると、『仕事で一緒だった。隣に住んでて、ピザを食べたでしょ。忘れた?』という文面が入って来た。
 そこでやっと、分かった。ピザを食べたのは隣人さんだけだった。
 ただ、それを見たのは通知でだけだった。

 それらの文面は次の日には削除されていた。


『たまには話を聞いてほしい』
 LINEに残っていたのはその文面だけだった。

『いいですよ。いくらで聞いてあげればいいですか?』
 その言葉で、相手は去っていった。隣人さんとはそれきりである。




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