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✞ 雨の刺す頃9 ✞

2022/11/02
文字数:約1197文字

   【 孤独 】

 いつだって、叫んでいた。
 その声は小さくて、小さくて。
 誰にも届かなかったけど。


 1週間ぐらい経った日の事。
 夕食の後、携帯を見ると着信があった。
 所長さんからだった。
 いつもなら放っておく着信を、かけ直そうか迷った。
 時間を見ると30分以内に、かかってきたものだった。

 迷いつつ、電話をする。

「辞めるって聞いたから、どうしてるかと思って」

 用件はただ、それだけだった。
 声を聞いてるうちに、怖くなる。
「どこまで、聞いたんですか?」
 そんな事を聞く必要が無いのは判ってる。
「別に、従姉妹ちゃんから辞めるって聞いただけ」
 警鐘がなっているのに、止まらない。
 言う必要は無いのに……。

「うで……切らなきゃ……会社に……行けなく……」

 泣き声だった。上手く伝わらなかっただろう。

 止めて欲しい。
 ――誰か……誰か……誰か!!!

 がむしゃらに手を伸ばした。
 掴んでくれるだろうと思った。
「ごめんね。じゃ、思い出したくなかったでしょ。切るね」
 違う、違う、そうじゃなくて。
「ち……がっ。会社辞めたら人が怖くなる」
 本当はもっと別。
 ただ、ただ、止めて欲しい。
「じゃ、会社に来る?車に乗って一緒に回る?」
「は……い」
 会社が平気なわけじゃない。
 でも、それよりも、止めて欲しかっただけ。

「切っちゃだめだよ」

 その言葉が欲しかっただけ。
 所長さんはその言葉をくれた。

 でも、結局は2度と会社に行く事は無かった。


 次の日。
 朝、従姉妹ちゃんの家で父の仕事を手伝っていた。
 従姉妹ちゃんが子供たちを連れて出てくる。
 そして、私に気がついて話し掛けてくる。

「おはよう」
「……おはよ」
 会いたくなかった。

「指導者さんが何でノアが所長さんに電話したのか不思議がってた」
「何でって?」
「何で所長さんが知ってるのかって。ノアが自分から話したのかって。何か苛立ってたな」
 何? それは? 話したじゃない。必死で話したのに。
 何も受け取らなかったくせに。
「あれは所長さんから電話があって、履歴が残ってたからかけ直しただけ」
「そう。やっぱり、ノアから電話するわけないよね。じゃ、そう、言っておく」
 そう言って、従姉妹ちゃんは出かけていった。

 指導者さんから父へ電話がかかって来た。
 私の意思確認のため。何となく、話は想像できた。

「ああ、査定もあるんだっけ」
 父のその言葉が私に引っかかった。
 今の私は成績をとるどころか、自分を保つ余裕さえない。
 お荷物にしかならない。
 動けなかった自分。
 また、同じように迷惑をかける。


 夜、編集長さんとまたチャットをした。
 ノア:『どうしよう』
 編集長さん:『だから、仕事は辞めた方が良いと思う。
 だって、向こうだって辛いと思うよ。仕事は仕事なんだしさ』
 ノア:『でも……』
 仕事を続けて、何になるのか。私には判らない。
 それでも、その場所にいなきゃいけない気がしていた。




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