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✞ 雨の刺す頃10 ✞

2022/11/02
文字数:約1204文字

   【 退職 】

 心は変わる。
 不安定さに慣れてしまう。
 これが普通だと思いたくないのに。


 指導者さんからメールが来た。
『支部長を交えて話をしよう』
 私の返事は苛立ちに満ちていた。
『今まで話して、何も判ってくれなかったじゃない』
 自分の苛立ったメールを送信した後で後悔した。
 けど、後の祭りだった。

『じゃあ、あなたは私の事がわかるの?』
 ……それは、堂々巡りの返事になるよ。
 馬鹿馬鹿しい事をしていると思った。
 判らない。判らない。で、お互いに答えが見つからない。
 私は謝罪のメールを返して、諦めた。


 私は友達ちゃんに『会いたい』とメールを出していた。
『明日だったら会えるよ?』

 友達ちゃんのその返事に、私は『会う』と返事をした。
 どこかで、会えるわけがないと思いながら。

 そして、翌日。
「あのさ。友達に会いたいんだけど」
 仕事に向かう父に言ってみた。
 返事はやっぱり、思った通りのものだった。

「仕事があるだろ。断りなさい」
「でも、会う約束したし」
「仕事があるのに、会えるわけないだろ」
 ……会いたかったのに。

 声はいつだって押しつぶされる。
 私は『会えない』とメールした。
 母が心配そうに私と父のやりとりを見ていたが、何も言わなかった。

 友達ちゃんに会いたいけど時間が合わず、メールで一通り話した。
『辞めるための話し合いがあるんだけど……』
『辞めるんでしょ?伝わるよ、大丈夫』
 ……。そう取られるのが当たり前か。
 だから、会いたかったんだけどね。


 支部長が家に来た。
 父も話し合いに混ざって「どうしたい?」と聞かれた。

「……辞めたい」

 それだけ。
 私が言った言葉はそれだけ。

 その時に私の頭に響いていたのは、友達ちゃんの『辞めるんでしょ?』だった。

 最後に指導者さんは「悪い事だけ覚えてないでね」と言った。
 ――良い事があった?
 どこに? どこに……。
 思い出が何も無かった。

 話し合いが終わった後、私は切った。
 話し合いの前にも切っていたのに。

 止まらない。
 止める必要は無い。
 止めるものも無い。


 『望むな』


 そうすれば、傷つかない。

 他者の言葉は要らない。
 今までそうしてきた。
 これからもそうする。

 ただ、それだけ。


 待てなかった。
 待とうと思った。

 せめて、書類を書くまで―


 携帯のアドレスが消える。
 着信記録。
 発信記録。
 メールの受信箱。
 送信箱。
 そして、パソコンも同じように……

 消し去った。

 安堵する。


 私が伸ばす手は無い。
 私に届く声も無い。

 ただ、傷跡だけが私に安らぎをくれる。

 涙の雫の代わりに血の雫。

 泣く必要なんて無い。
 切る事は悪い事じゃない。
 生きるために。

 私が生きるために必要。

 判ってなんてくれなくていい。
 止めないでくれれば、それでいい。

 止めない。罪悪は無い。
 死ななければ、それでいい。


 だって、変わったもの。
 私は変わった。

 傷が癒しになると知ったから――





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