文字数:約985文字
【 書類 】
紙切れから始まって。紙切れで終わる。
空っぽの私を残して。
退職の為の書類を持って、指導者さんが先輩と一緒に家に来た。
自分の部屋からそれを見ていた私は笑って2人を迎える。
「元気だった?」
私は無言で笑う。
「これと、こことここに判子、お願いね」
入社の時と同じ様に、淡々と作業が進む。
そして、入社の時と同じ様にあっという間に手続きが済む。
「じゃ、ね」
指導者さんの言葉に、私は何も言わない。
玄関から出て行く2人を私は見送る。
そして、手にしたのはやっぱり……刃。
……終わったね。
どこかで、安堵する私がいる。
だけど、本当に辛いのはここからだとも思った。
次を踏み出す事への恐怖。
次はいつくるんだろう?
その夜、私は2階の部屋で下の妹に話す。
返ってきた返事が何だったのか、覚えていない。
私は妹の目の前で、切って見せた。
「やめなよ。お母さんに言うよ?」
妹は静止の言葉を放ったものの、行動で止めようとはしなかった。
「言えば?」
母は泣くだろう。そう思いつつ、母に何も出来ない事も判っていた。
虚勢と虚無感。
数日経ってから、部屋を適当に片付ける。
出てきたのは仕事に使っていた書類やチラシ。
大量の書類は、そう簡単には捨てられない個人情報の宝庫だった。
「花火する?」
夜になって、私は妹たちに聞いた。
「うん。しよう」
妹たちが花火を持って、私はその後に続いて、書類を持って外に出た。
妹たちの花火を見ながら、書類を火にくべる。
書類を燃やし終わる前に、花火が終わった。
なかなか火の傍から離れない私に上の妹が声をかける。
「何してるの?家に入ろうよ」
事情を知ってる下の妹がそれを遮る。
「これ、燃やしてから、家に入るよ」
赤い炎が目の前に燃え上がる。
ちりちりと紙が縮まってゆく。
紙を全て火の中に入れたところで
「もう、十分燃えてるよ? 」
と、上の妹に水をかけられてしまった。
書類は燃え尽きてはいない。
……後でまた燃やそうと思った。
「散歩、しよう」
「そだね」
せっかちな上の妹はすでに歩き出している。
下の妹がその後に続いて、ノアも2人を追った。
いつもの星空。
「流れ星、ないかなぁ」
などと、空を見ながら道路の真ん中を歩く。
「田んぼに落ちるよ」
私は苦笑い。
空には星。
地には草木。
真っ暗闇の道先は
どこへ続くのかもわからない。
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