編集

✞ ×8× ✞

2022/05/12
文字数:約1717文字

【 涙の理由 】

6月3日(木)

ぎりぎりだったのかもしれない。

所長と一緒に回っていた時。
言葉がチクチクした。
「そんなんじゃ、仕事やってる意味ないね」
そんな事ぐらい判ってる。
やりたくて、やってるわけじゃない。
泣きたくなった。泣かなかった。
泣きたくなったのはその後。

「会社の人達は、あなたが一人でいたいんだって思ってるよ」

過去に引き戻された気がした。

所長はその後、お客さんの所へ。
私は車の中で待っていた。

泣くわけにいかない……。
保とうとすればするだけ、壊れていった。

『いいんじゃない?一人で?楽だよ』
――また、一人になるの?――

『泣くほどの事じゃない』
――涙が止まらない――

『過去は過去だ。今じゃない』
――あの時の痛みは消えてない――

『泣き顔を見せるの?』
――見せたくない――


戻ってくるまでに、泣き止めなかった。
困った顔で私を覗き込んだ所長。
「話してくれるまで待つから」
そう言ってくれても、言葉にならなかった。

お昼だった。
昼食を食べた。
少し落ち着いた。

話した言葉はほんの少し。
昔、いじめられて人が怖くなったと。
会社の人達も怖いと。

伝えた――

返ってきた言葉は笑えるほど当たり前で。

「皆、そんな風に思いながら平気なフリをしてるんだよ」

私だって平気なフリぐらいしていた。
言葉にするつもりもなかった。
それでも言葉にしてしまうのは、


平気なフリが出来ないから。


それを平気なフリをしろという。
判ってはもらえなかった。



6月8日(火)



雨だった。
会社を出た時は小雨。
一人で地域を歩いて回る予定。
だった。

いつものように、地域に行って。
いつものように公園で座って切る。
そして、気がすんでからチラシ配りをしようと思った。

止まらなかった。

嫌な事があったわけじゃない。

会社を出た時点で刃を出していた。

歩きながら切った傷はいつもより深くて、
あーやばいなぁと思った。

いくつか切って刃をしまって地域に向かった。

それから公園で切って……止まらない。
一応、仕事もしなきゃいけない。

立ち上がって、歩き出した。

切りながら――


雨が強くなってきた。

ぬれた腕。
赤くにじむ血。

思ったのは
服に血が付いたらまずいなぁだった。

少し服に血がにじんでいて焦ったけど、
他人が気づくようなしみじゃないと思った。
雨で薄くなった血が付いただけだった。

じんじんとする痛みが心地よかった。
服がびっしょり濡れた。

そのうち乾くだろうと思った。
傘も持っている。
乾いたら、傘を差して戻ればいい。

そう思っていたはずなのに……。

傘はささなかった。
びっしょりと濡れた服が冷たい。
どうしようか……いい加減会社に戻らないとなぁ。

だけど、傘をさす気がない――

会社の建物の影で服が乾くのを待つことにした。
が、運悪く(?)支部長に見つかった。
私は内心「最悪」だと思った。

しょうがなく会社に戻って……
周りの心配そうな声が耳障りだった。
所長も戻ってきて、えむちゃんにも連絡が行った。

可笑しいのは私。
判っているんだ。

「どうしたの?何か言われた?」
その言葉に何も答えられない。
「……何もない」
それだけ答えた。

濡れた服はどうしようもなく、
おう所長に家に送ってもらう事になった。
「何があったの?」
車の中で所長が聞く。
「……」
何も答えない私。

言ってしまおうか?
言うべきじゃない。

頭の中がぐるぐる回っていた。

家が近くなった頃、
ぎゅっと握り締めていた私の手のキズに所長の目が行った。

「どうしたの?」
怖かった。
気がついたんだと、気がつかれたと思った。
車を止めて、私の腕をまくる。

気づいて欲しかった。
気づいて欲しくなかった。

涙しか出てこない。

「猫に引っかかれたの?」
そんなキズじゃない事は一目瞭然だ。
私は無言で首を振る。

「自分で……やったの?」

声が出ない。
否定できない。
否定したい。

私は首を縦に振った。


次の日、私は休んだ。
といっても、父の手伝いをしていたから、
暇だったわけではないけど……

何も考えられない。
何も考えたくない。
その時間もない。


夜……酔った母に「騒がせたかっただけなんでしょう?」と言われた。
キズがざっくりと開いた気がした。


チャットをした。
相手は私の言ってほしい事を言ってくれる。
傷の事を知っているから、なんでも話せた。
その夜は久しぶりに切らなかった。




<<前  目次  次>>