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✞ ×9× ✞

2022/05/12
文字数:約1132文字

【 増える傷 】

6月10日(木)

会社に行った。
手を離すことに怯えていただけだと思う。

「入力やっておいてね」
所長に言われて、やろうと思った。
思ったのに……

会社に来た時点で、心がぐらぐら揺れていた。
機械に手を伸ばし、ロッカーから取り出して、繋げる。
それだけで、頭がガンガンする。
やろうと思うのに……何でも無い事。いつもやっている。

それが出来なかった。

大丈夫。大丈夫。大丈夫。
呪文のように心の中で唱えても、無駄。

手が動かない。
身動き一つ取れなくなる。
息を必死で整えようとする。
周りの雑音が消え去る。

泣きたい。違う……切りたい。

体を抱きしめて震えを止める。
無駄。
どうやっても、何をしても、入力さえ出来ない。

私は機械をロッカーにしまう。
鞄一つ引っ手繰るように持ち出して、外に出た。

会社の近く、人の少ない場所。
水の音が聞こえる場所。

そこで塀に背を持たれて座り込む。

切りたい。切りたい。切りたい。

その感情を押さえ込む。
代わりに涙が溢れる。


1時間以上してやっと、落ち着いてきた。
そして、所長にメールした。
「ごめんなさい。出来ない」と


折り返し、電話があった。話し合おうというもの。

所長、えむちゃん、私。
3人でファミレスに入った。
お昼には少し早く、空いていた。
早めの昼食をとる。
食欲は無かった。

昼食が終わる頃、手紙を差し出した。
内容はネット上のある場所に書いた日記。

「わからない」
読んだ後、所長はそう言った。
そして、何度か読み直す。
えむちゃんも読む。

私は怖かった。
判ってもらえなかったら?
これ以上傷つくかもしれない。
判って欲しい。
頭痛の嵐の中、所長は言った。


「暇なんだね」

目の前は真っ暗。

ナンテイッタノ?
それが答え?
暇で済ませるの?
私が傷つくのも暇だから?


「こんなの書く暇あるなら、小説でも書けば?」
何も答えられない。
何も言えない。

えむちゃんの感想は「わかるかも」
意外だった。でも、それは判って欲しいものじゃなくて。
死にたいんでしょう?それは判ると言うものだった。
「これ、悪い事しか書いてないじゃん」
……。そりゃ、そうだけど……。
何もいえなくなる。

結局は「皆、同じ。仕事いやだって誰だって思ってる。
でも、頑張っているんだから」

……。皆?
皆って何?
頑張れない私は、そこに入れないんでしょう?


所長とえむちゃんは一旦、本社へ。
私はその間、駅前をうろついて……

切った。
人のいる場所。
誰も私を気に留めない場所。
切って……安堵する。


夜になって、思い返した。
小説……書いて見ようかな。
真っ白な画面を見て、私は気づいた。

書けない……書けないから、苦しい。
書けるくらいなら、切ったりしてない。

昼間の二人の意見は、私にとって何の役にも立たない。




次の日も、休んだ。


そして、月曜日辞めると伝える。
傷跡だけが残る。




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