編集

✞ ×10× ✞

2022/05/12
文字数:約685文字

【 一人きり 】

6月15日(火)

夕食の後、携帯を見る。
元所長から電話が入ってるのを見た。
掛け直そうか、迷った。
カッターと一緒に携帯を手に2階に行った。
30分以内にかかって来てる。
気紛れなだけだったのかも知れない。
適当に電話して、その後に切っちゃえばいい。

そう思ってた。

「辞めるって聞いたから、どうしてるかと思って」
用件はただ、それだけだった。
声を聞いてるうちに、怖くなる。
「どこまで、聞いたんですか?」
そんな事を聞く必要が無いのは判ってる。
「別に、えむちゃんから辞めるって聞いただけ」
警鐘がなっているのに、止まらない。
言う必要は無いのに……。

「うで……切らなきゃ……会社に……行けなく……」

泣き声だった。

止めて欲しい。
誰か……誰か……誰か!!!

がむしゃらに手を伸ばした。
掴んでくれるだろうと思った。

「ごめんね。じゃ、思い出したくなかったでしょ。切るね」

違う、違う、そうじゃなくて。

「ち……がっ。会社辞めたら人が怖くなる」

本当はもっと別。
ただ、ただ、止めて欲しい。

「じゃ、会社に来る?車に乗って一緒に回る?」
「は……い」

会社が平気なわけじゃない。
でも、それよりも、止めて欲しかっただけ。

「切っちゃだめだよ」

その言葉が欲しかっただけ。

元所長はその言葉をくれた。



でも、結局は2度と会社に行く事は無かった。



6月17日(木)


所長から父の電話にかかってきた。
私の意思確認のため。何となく、話は想像できた。
「ああ、査定もあるんだっけ」
父のその言葉が私に引っかかった。

今の私は成績をとるどころか、自分を保つ余裕さえない。
お荷物にしかならない。
動けなかった自分。
また、同じように迷惑をかける。




<<前  目次  次>>