文字数:約1062文字
その手を、あなたが放さない事を知っている。まっすぐ、戸惑いのない瞳で見つめてくる。
だから、私は怖いんだ。
この傷痕はあなたへの裏切りだと思うから。
この傷であなたを傷つけてる事が痛いと思う。
それは過去。今となっては夢の跡。
日の光りが軽やかに降り注ぎ、風が優しくふいていたお花見の後。
他の会員さんたちとは別れて、編集長さんと二人きり公園を散歩していた。
「疲れたし、座ろうか」
「うん」
編集長さんの言葉に、自然に足がベンチの方へ向かっていた。
私は荷物をベンチにおろし、一つため息。
疲れたなぁと思っていると、編集長さんがふいに立ち上がる。
「電話してくるけど、どうする?ここにいる?一緒に来る?」
疲れたし待っていようかなと思う私の頭の隅に、闇があった。
ちらちらと揺らぐ闇に気がつかなかった訳じゃない。
「待ってる」
「そう?じゃ、行って来る」
『行かないで!!』
どこかで叫んでいる私がいた。
だけど、その声は小さく…….誰にも届かない。
言葉にすらならない言葉が誰に届くというのか。
ざわりと空気が淀む。
晴れているはずの空は無彩色。
噴水の水の音が、公園にいる人のざわめきがやけに遠い。
触れたポケットにはカッター。
どこかで、声がする。
『……たい。』
頭の中にフィルターがかかる。
『しばらく……戻ってこないならいいよね?』
あたりを見回す目には誰も映っていない。
『ああ、隣のベンチの人には変に見えるのかな?』
そんなことを思いながら、手の中のカッターを弄ぶ。
『どうしようかな』
しばらくして、もう一度あたりを見回す。
編集長さんの姿を探して―― いない。
腕を少しめくる。
いくつか残る傷痕は私の目にはあまりにも当たり前で、気にも留めない。
少し出したカッターの刃。
新しい傷痕をつけようとした―― 瞬間。
背後からカッターを持つ手を掴まれた。
『だれ?』
ぼんやりとした頭がゆっくりと言葉を紡ぐ。
が、それは次の刹那、消し飛んだ。
カッターを握った手が硬直した。
誰かなんて、見なくてもわかる。
背後からもう一方の手で、私の握った手からカッターの刃を仕舞う。
そして、そっと引き抜くと私のカバンに入れた。
カッターを握っていた手は掴まれたまま、抱きしめられる。
…….泣いちゃダメだ。
判っていて、やった事。予想できた事。
泣くものか。後悔なんて、出来るわけがない。
後悔するぐらいなら、最初からしなければいいだけの事だもの。
自分の考えを追うのに必死だった。
めちゃくちゃな思考の中で、私は身動きできずにいた。
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