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お喋 りは苦手だけれども、歌は好きだった。
けれど、それも小学生までだった。
小学最後の歌の練習の時、先生は「大きく口を開けて歌え」と言った。
私は真面目に大きく口を開けて、歌った。
そうしていると、先生が近くにやってきて私を前に引っ張って行った。
私はなぜ自分が前に出されたのか、わからなかった。
口の開きが小さいという事なのだろうか?
歌よりも別の考えが、いろいろと浮かぶ。
これは見せしめなのだろうか?
そうこうするうちに、こたみちゃんも前に引っ張られてきた。
やはりこれは口の開きが小さいから、前に出ろという事なのだと思った。
歌が終わって、先生が言った。
「みんな、よく見ていたか?カタチさんは口が大きく開いていた。
前に出たせいか少し小さくなっていたけれども、これくらい大きく開け。
普段のカタチさんからは、思いもよらないよな。
対して、こたみさんは口の開きが小さい。もっと大きく開け」
先生は比べるために、私たちを前に引っ張り出したのだと知った。
けれどそれは、嬉 しいと言えるようなものではなかった。
何とも微妙な言い方で、褒められている気がしない。
こたみちゃんと比べるために前に出されたのも、気分が良くない。
横で不満げなこたみちゃんを見るのも、嫌な気分になる。
「もう、戻っていいぞ」
先生の声で、お互いにお互いを見ずに列に戻った。
その日一日、こたみちゃんとは何とも言えない距離が出来た。
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