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新しいもの好きの父のせいで、家には早くからパソコンがあり、カラオケの機械もあった。
今のようにインターネットで繋 がっているわけではなく、レコード盤のようなものを入れて決まった曲をかけるという物だった。
母が歌を好きだった事もあって、私は小学生の頃に一生分のカラオケをしたと言えるくらいした。
週2・3度のカラオケは当然だったし、週末の夜はカラオケ三昧だった。
私はカラオケを家でやるものだと思っていた。
流行の歌は知らない。歌うものは母の歌う昔の歌だったからだ。
遠足での帰り道。
なぜかは忘れたけれども、バスの中でカラオケをしながら帰った。
歌いたい人だけ歌うという形式で、それなりに盛り上がっていた。
先生もある歌を歌いだした。
皆が、流行の歌を歌う中、先生の選んだ歌は古かった。
家でカラオケをしていた時、先生が歌った曲名を見つけた。
母に「これ、先生が歌っていたよ」と言うと、有名な曲らしく母も歌った。
「あんたも歌いなさいよ」と、母が絡んでくる。
「知らない歌だよ」
「知らなくても、いつも歌っているじゃない」
それは母がいつも無茶 ぶりをするからだ。
そうやって、私の歌のレパートリーは増えていく。
母の歌う歌が、私のレパートリーになっていった。
成人後に人前で歌うようになった時に困ったのは言うまでもない。
流行の歌が歌えないのは今も変わらず。
今はアニメとボカロの歌のレパートリーが数曲増えた程度だ。
そして、人前で歌うには『童謡や、みんなのうた』が無難だという事を覚えた。
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