文字数:約1604文字
死にかけた経験はいくつかある。
以前書いた交通事故も、一歩間違えばあの世行きである。
これはそれ以外の危なかった話。
小学生高学年のある日。
父の手伝いで電流のチェックをしていた。
場所は父の作業場。なぜかシャッターが動かなくなったため点検を手伝っていた。
私は計器を導線につないで、針がふれるかどうかを見ていた。
「どうだ?」と父が言う。
「何も変わらなーい」と私が返す。
そんな事が、何回か続いた。
突然、パアンという大きな音と同時に、目の前に火花が散った。
比喩ではなく、本当に火花が散ったのだ。
計器に異常はない。手にしていた導線が焦げている。
そして、私の爪の先も焦げていた。
「大丈夫か?」
父が声だけこちらに向ける。
「……大丈夫だけど、びっくりした」
「悪い。ブレーカーを落としていなかった」
安全だと思っていた作業は全然大丈夫ではなかった。
私の中では恐怖しかない。
「本当にもう大丈夫?本当?本当??」
何度も確認しても、安心できない。
「大丈夫だから……」
と父が何度も繰り返して、やっと作業を進める。
どこに不具合があったのかは分かったらしいが、私の中では父への信用度がぐっと下がった。
一歩間違えたら、感電死していた?
もう一つ。
こちらも同じく小学校高学年くらいの時。
スズメちゃん達と伯父 さんと父と妹たちで川へ遊びに行った。
いつもの近所の川へ着き、テントを張ってから川で遊ぶ。
午前中から遊んでいて、お昼頃にパラパラと雨が降った。
けれど、気にせずに遊んでいた。
ふと、スズメちゃんが上流を指さした。
「あれ……何?」
指さしている方をじっと見る。
最初はよくわからなかったけど、次第にそれが『茶色い濁流』だと気がついた。
気がついたが、どうしたらいいのか分からない。
一瞬の沈黙が辺りを覆った。
次の瞬間、「上がれ。水から早く上がれ!!」と伯父 さんが叫んだ。
その次に父が「荷物をまとめろ」と言いだす。
慌てて自分の荷物を手にしようとして、テントを畳もうとした。
が、「全部テントに入れて、引きずって車まで持っていけ」と新たな指示が飛んだ。
テントはそのままの形で、荷物を放り込んだまま、父と私で引きずっていく。
皆は各々、靴やテントの外に出ていた荷物を手に走り出した。
走ると言っても、足元は石だらけの河原である。
バランスが悪くて早く移動することが難しい。
それでも、必死で川の縁に止めてある車まで移動する。
車のところまでテントを引きずった。後ろを見るとテントから荷物が、一つ転がり落ちていた。私の荷物だった。
茶色の水はすぐ傍まで迫っていて、取りに行く事は難しいように思えた。
諦めるしかないと思った時、父が走り出していた。
濁流はもうそこまで来ている。
一瞬、父が流されてしまうのではないかと、ゾッとした。
けれど、父は片足を茶色の水に付けて川から上がった。
「早く車に乗せろ。行くぞ」
川幅はもう少し広がりそうで、車を止めた場所も安全とは言えそうになかった。
荷物を車に放り込んで、水着のまま車に乗り込む。
まだ濡 れた体のまま、川から引き揚げた。
その時、ダム放流のサイレンの音が聞こえた。
「遅い!!」
と、皆で文句を言いつつも、何事もなく、その場を後にした。
家に帰ってから、夕食の時にテレビを見た。
川の上流で中州に取り残された人がいたニュースをやっていた。
もう少しで私たちもニュースの仲間入りしていたかもしれない。
……全ての荷物を持ってきたつもりだったが、一つだけ忘れてしまったモノがあった。
父と母が同棲 時代から使っていた小さなナイフを忘れてきた。
あれだけの濁流だったから、きっと流されただろうと思いつつ、後日ナイフを探しに戻った。
流されたと思ったそれは、奇跡的にそこにあった。
ナイフを入れた袋が木に引っかかってそこにあった。
そのナイフは今でも我が家にある。
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