文字数:約1493文字
会長様に、あるコンサートに一緒に行こうと誘われた。
私は、当日、「行けない」とメールで伝えた。
実際に、とても間に合う時間ではなかった。
誘われてはいたが、行けないような気もしていた。
私は、会場に一応辿 り着いた。けれど、途中入場は出来ないので外にいた。
コンサートが終わって、人が出てきた。
私は離れたところで、それを見ていた。
会長様が出てくるのを待ちながら、会長様を見つけられるか不安だった。
見つけられるか、自信はなかった。
会長様が出てきて、誰かと話しているのが見えた。
私はこのまま帰るか、会長様を待つか迷った。
会いたいけど、会いたくはない。
迷っている間に二人の会話が終わって、会長様が私に気がついた。
「何故、いるの?」
「うん。来ちゃった」
私は、うまく笑えているのだろうか。
「来るなら来るって言ってくれたら、時間も作ったのに」
会長様の言葉で、私は時間がない事を知った。
「ごめんなさい」
二人でエスカレーターを下りながら、私は来なければよかったと思った。
少なくとも帰っていれば、よかったと思いながら、会長様の後をついていく。
会長様は、どこかに電話をかけながら歩いていく。
このまま、帰った方がいいような気分になった。
会長様の方を見る事が出来ず、私は俯 いて歩いていた。
気がつくと、目の前に会長様はいなかった。人ごみの中で、会長様を再び見つける自信はない。
やっぱり、帰ろうと駅に向かおうとしたところで、電話が鳴った。
会長様からだった。一瞬、躊躇 ったけれど、出てみた。
「どこにいるの?」
「……わかんない」
「もう、じゃぁ。こっちに来て」
私は会長様の言った場所へと向かった。
「どこにいたの?」
「ごめんなさい」
会長様を見る事が出来なかった。
「わざわざ、時間を作ったのに、何で消えるの」
「……ごめん」
わざわざ……って何?
ああ。違う。嬉 しいと思わなきゃ。わざわざ、時間を作ってくれたのだから。
私は自分の気持ち悪さも、余裕のなさも、何もかも飲み込んで、会長様の前で笑ってなければ。
「わかっているの?」
「……うん」
笑えない。全て、限界なのだから。
「だったら、どこにいたの?なぜ、後について来なかったの?」
「……。」
私は答えられなかった。
「何、笑ってるの?」
冷たい声が響いた。
会長様の手が私の顔に伸びて、無理やり顔を上げられる。
私は突然の事に対応出来なかった。
私の顔を見た会長様は、すぐに手を離した。
私は再び俯 く。我慢していた涙が零れ落ちていく。
「……ごめん」
謝ったのは会長様の方だった。
ティッシュが差し出される。
「君は大丈夫だと思ってしまったから……」
知っている。私はそうしてきた。そうじゃなければ、支えられなかった。
けど、それももう限界。
『大丈夫なんかじゃない』
それを言う事は出来ない。
視界の端で、会長様の手が私の頭に伸びる。
私は無意識に身体を引いて、腕で頭を守ろうとした。その反応に、自分でも驚いた。
会長様の手が一瞬止まった。けどすぐに、私の頭を撫 ぜた。
一通り落ち着いてから、会長様が言う。
「でも、遅刻してきたのはそっちなんだからね」
「……うん。ごめん」
「じゃぁ。あのお店で何か買って」
「いいよ」
いいよとは言ったものの、お店はお客さんで混雑している。
買うのはいいけど、人ごみには泣きたくなった。
会長様が選ぶパンを買ってくる。
自分も何か買おうかと思ったけど、食べたい気分ではなかったので、やめた。
「じゃぁ。時間だから」
「うん。ありがとう。またね」
そう言って、その場は別れた。
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