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ある日、祭りに誘われた。
プライベートは見せたくないと言っていた会長様の、プライベートな時間だった。
「半分仕事だから、お喋 り時間があるわけでは、ないけどね」
そう釘 を刺されたが、具体的にどうこうと言う話はない。
いつもの中途半端なよく分からない話に、私は乗った。
約束の場所に着くと、オフ会でいつも会う会長様の友人がいた。
会長様はまだ手が離せないので、彼が案内をしてくれると言う。
広場のような場所で、たくさんの人たちがいて、その中に会長様もいた。
「これから、町内を回るの。一緒に来る?」
会長様の法被 姿と手に持っている笛で理解した。お囃子 で街を歩くのだと。
ただ、私はそれには馴染 みがなかった。私の住んでいる地域には、その風習がなかったからだ。
分からないまま、私は「うん」と頷 いていた。
けれど、すでに私は疲れていた。ここからさらに歩き回れる自信はない。
笛の音が、私を刺激する。祭囃子 と私の相性はよくない事を理解した。
休憩場所に辿 り着いて、さらに説明が加えられる。
「あと、1・2カ所回ったら終わりだから、ガンバッテ」
その説明は、もう少し先にほしかった。手順が分からず、終わりも分からないのは辛い。
会長様にとっては、いつもの事で、説明も必要ないのだろう。
会長様から差し出されたお茶を手に、私は全く知らない場所を見回す。
お囃子 の風習が残っているのは、それだけ人がいるからなのかもしれないなと思った。
お茶を一口、飲む。ダメだなと思った。
それまで、飲食は最低限にこなしていたが、人前での飲食がこの時期はダメだった。
さらに、知らない場所と知らないシチュエーションに私の緊張と不安が高まっていた。
飲み乾したお茶の味が分からない。これ以上、飲み込める気がしない。
私はひっそりとお茶を捨てた。
その後もお囃子 についていったが、かなり離れてしまった。
後から「周囲の人も心配していたんだから」と、会長様に指摘された。
その様子から、次はお囃子 には呼ばれないだろうなと思った。
……次はないと思った。
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