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巴さんの家で、一週間過ごしたが、私の心理面も肉体面もボロボロだった。巴さんの家についた途端に、泣きだしてしまって、巴さんを心配させた。さらに次の日には、微熱が出た。
そして、一週間、私は微熱の身体で過ごした。熱以外は咳 が出る事も、鼻水が出る事もあまりなかった。
微熱がずっと続いたので、巴さんはずっと私の心配をしていた。申し訳ないなと思った。
ワンコは私を『得体のしれない客人』と思ったのか、1・2日間はずっと私の傍にいて、見張っていた。
正直、動物全般が苦手なので、近づかれても触る事も出来ないどころか、動けない。
巴さんは「だったら、先に言ってよ」と言われてしまったが、小さな犬と聞いていたので、大丈夫かもと思ってしまったのだ。
大丈夫ではなかった。吠 えられるとやっぱり怖い。
熱を出してしまったけれども、気分が良い時は出かけたり、遊びに行ったりもした。
そうこうしているうちに、最終日になった。
「何で、聞かないの?私が仏壇にお参りしている事」
彼女は毎日の日課でそうしているのを、私は見ていた。時には、花を替えるのを手伝ったが、それに関して何かを聞こうとは思わなかった。
家族は皆、亡くなっていると言っていたし、仏壇に手を合わせるのは不思議な事ではない。話したければ、勝手に話すと思って触れなかった。
けれど、巴さんはそれが不満だったようだ。
「何を聞けばよかったの?」
微熱続きの身体は、常にフワフワしていて何が正しいのかが分からない。
「宗教とか、何故こうするのかとか」
宗教は法華経系というのもすでに聞いている。それ以上何を聞けばいいのか、分からない。
「うん。法華経でしょ」
「ああ。言ってたか。ノアちゃんの宗派は何?」
私は宗派なんてものを気にするほど、信心深くはない。けど、ふと頭におばあちゃんが歌っていた歌が浮かんだ。
『しんらんさまは すこやかに わたしのとなりに いらっしゃる♪』
おばあちゃんの家に行くと、寝る前に仏壇に手を合わせてこの歌を歌った。
「よく分からないけど、しんらんさま?」
「ああ。わしゃ知らんって言う、親鸞 ね」
一瞬ぽかんとしてしまった。次に私の中に沸き起こったのは、怒りだった。おばあちゃんとの思い出を踏まれたような気がした。
けど、私は笑った。
「そうなんだ。よく分からない」
「そうなんだよ。結局人任せで、何もしないのが親鸞 」
宗教の話をしてはいけないというのは、こんな事なのかと思った。信仰なんてないが、私にとって親鸞 は『おばあちゃんとの思い出』なのだ。他の宗派の人間にこんな形で馬鹿にされたくはない。
一週間がたって、私は帰った。
帰った後も微熱がしばらく続いて、動けなかった。数日たってから、感謝のメールを送った。
『何故、すぐに送って来ないの?心配するじゃん』
《心配って何?》と思う私と、《ありがたいと思わないといけないな》と思う私がいた。
『ごめんね。ありがとう』
と返事をして、私はまた数日寝込んだ。
体調が戻ったのは、一週間ほどたってからだった。
巴さんとは、疎遠になってしまった。
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