文字数:約842文字
「会いませんか?」
チャットで気が合った相手にそう言ってみた。
相手は子持ちの主婦で時間がないだろうと思ったので、ダメ元での誘いだった。
「うーん。ちょっと無理かな」
予想通りの言葉に「そうですか。残念」と返しながら、全く残念とは思っていなかった。
けれど、何の弾みか向こうから「時間が空いたので、会いましょう」と連絡が来た。
相手が指定した日時は、直前まで用事があって間に合いそうになかった。
「もう少し後に、出来ませんか?」
交渉してみたけれど、結果は「子供がいるから難しい」だった。
私は用事を前倒しで片づけて、会う事にした。
相手が指定した場所は、『魔の新宿駅』
私だったら、絶対指定しない。人が多すぎて初対面同士が会うには、難しい場所だと思っている。
それでも相手は「そこが乗り換えの駅なので便利なのです」と書いてくる。
こうなると、腹をくくってしまうしかない。
が、当日指定の時間に指定の場所。
相手を待っていると、『悪魔のメール』が来た。
『すみません。携帯の電池が切れそうなんです。今、地下です。どこにいますか?
私の写真を送るので、私を見つけてください』
難易度の高いミッションが、唐突にやってきた。
私は人の顔を見分ける事が苦手だ。写真を送れば大丈夫なわけではない。女性は化粧や髪形でかなり印象が変わる。
もっとわかりやすい小物や服装などの指定があれば、まだどうにかなるけど、写真だけというのはキツイ。
こちらは写真も目印の帽子とリュックも相手に提出済みなので、できれば向こうが探してほしい。
しかも、どこにいるかは書いているけど、この人混みで待ち合わせの場所以外にいると書かれても困る。
この人は、初対面の人と待ち合わせをした事がないのだろうかと、しばらく頭痛に苛まれた。
結局、30分以上探し回って見つけられなかった。
翌日になって謝罪のメールが来たけれど、私は「大丈夫ですよ」と返しただけでそれ以上は何も言わなかった。
もちろんそれ以降、メールのやり取りはない。
<<前 目次 次>>