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アイさんを最初に見た時は、綺麗 な顔立ちにピアスが印象的だった。
すらりと伸びた背と、ショートカットの髪。少しドキドキしてしまうくらいの美形だった。
彼女は私の指導係で、仕事を教えてくれた。
「ため口でいいよ」
年齢がさほど変わらない事を知って、アイさんはそう言ったが私はなるべく敬語を使うようにした。
アイさんは他の部署の子たちとも仲がよかった。仕事の合間にも他部署の人が来て、お喋 りをしていく。
「彼氏はいないの?綺麗 だし、絶対男が放っておかないと思うよ」
「恋人はみんなだもん。私はみんなの事が好き」
アイさんはそう言って、女の子たちを抱きしめる。私はそれを見ながら、違和感を覚えた。
ある日、私はアイさんに聞いてみた。
「恋人はいないんですか?」
「私は、女友達といる方が好きだから、彼氏は作らないんだ」
わざわざ『彼氏』に切り替えられてしまった不自然さを感じた。
いつも聞かれる質問に、用意されている答えだなと思った。
次の日になって、私は別の質問をする。
「彼女さんは、いないの?」
「え?なんで?」
アイさんは私を見て、固まった。
「私が話している大好きな人って女ですよ。だから、アイさんにも彼女がいるのかなって」
ほぼ間違いはないと思っているが、カミングアウトしてしまうのはドキドキする。
「え。あ。そうなんだ。って、なんでバレたの?」
「見ていたら、何となく……それと、昨日の質問『恋人』って聞いたのに、『彼氏』で返って来たから」
アイさんは、「そっか」と笑った。
けれど、何度も「あれでなんで分かるの?彼氏って普通でしょ」と繰り返した。
普通の人のふりをするのは私も一緒だった。用意した答えを答えるのも、一緒。
「空気というか、雰囲気?よく分からない」
私がそう答えても、アイさんは納得しなかった。
けれど、それからアイさんは自分の事を話してくれた。彼女がいた事もあるけど、今はいない事、男になろうと思っている事や家族の事や女子校に通っていた事を、アイさんは次々と話した。
「タッチ。あははっ。女の子同士だから、いいでしょ?」
アイさんは男になりたいと言ってきた後でも、何度か私のお尻を触って来た。
それは女の子同士のおふざけではなくて、男性が女性に触る性的な意味を含んでいるなと思った。
それでも許されているのは、アイさんが自分は男性だとカミングアウトをしていないからだ。
女子校のノリで、触っても許されると思ってしまっているのかもしれない。
ある日、アイさんが他の子に話しているのが聞こえた。
「ねぇ。私、男に見えない?」
「え?男?うーん。綺麗 な顔をしているから美男子に見えない事もないけど……」
アイさんの顔が嬉 しそうにほころぶのが見えた。
「でも、やっぱり綺麗 な女の子って感じだと思うけど。だって、女の子なんだし」
言っている子に悪意はない。アイさんの顔は綺麗 だけれども、男に見えるかと言われるとそれは難しい。
見るからに落ち込んで、アイさんは「そっか。そうだよね」と返していた。
やがて、アイさんは仕事をやめた。
しばらくして、連絡が来た。ホルモン注射をして、男として働いているのだと言っていた。
そこでやっと、私は「女の子のお尻を触るのはもう、ダメだよ」と言えた。
アイさんは「もう、しないよ」と答えていた。男の姿ではさすがに無理だろう。
アイさんとはやがて連絡が取れなくなった。
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