文字数:約1331文字
「えっと。付き合わないから」
「え?付き合おうよ。別に今、付き合っている人はいないんでしょ?」
私は目の前の同級生君をまじまじと見た。
私の中でも、同級生君のイメージがガラガラと崩れていく。かっこいい……とは無縁だが、真面目な人間だと思っていた。
けど、ふと、あるエピソードが頭の片隅によみがえった。
彼は、友達にノートを見せてもらっていた。
それが先生にばれて、怒られていたのは友達の方だった。彼は後から謝るだけで、その場で『自分がノートを写した』とは言わなかった。
人間、ずるさは誰にでもある。
けれども、私の中で引っかかったそのシーンと、目の前の『自分の事だけを考える彼』が一致してしまう。
「……いないけど、あなたとは付き合わない」
何度、『付き合わない』と言ったか分からない。その度に、しつこく繰り返してくる。
「ほんとは、俺の事が好きなんでしょ?」
ここまで来ると、ホントに自分の事だけを考えて人の話を一切聞いていないんだなと思った。
「いや。嫌いではないケド、そんな意味では……」
ボックス席で逃げ場はない。できれば、このボックス席から出て、立っていたい。
どうせなら、電車が混んで、他の人がこのボックス席に座ってくれるといいとすら思ったが、田舎の電車はそこまで混む事はない。
周囲を見渡しても、ボックス席に一人二人がぽつぽつと座っている程度で、『混雑』とは程遠い状況だった。
「ほんと?頬、赤くなっているよ?」
それはきっと、怒りと呆 れと疲れだと思ったが、私は思わず、自分の頬を抑えてしまった。
「え?うそ。ホントに俺の事、好きなの?」
「そんなわけないじゃん」
思わず、むきになってしまったのは失敗だった。
「いや。ホントだよ。好きなんだろ俺の事?せっかくだし、キスしよう」
どこからキスの単語が飛び出すのか、説明がほしい。
「いやだよ」
即座に断ったが、これもまたしつこかった。
「今なら、人も少ないし、大丈夫だよ」
「そうじゃなくて」
「ほら、早くして」
話の通じない同級生君を放置して、電車を降りたいと思った。
そうこうしているうちに、向かい合って座っていた同級生君が私の隣に座って来た。
思わず身体を引いたが、同級生君は構わずに私の顔に自分の顔を近づけてくる。
「恥ずかしいんだね。じゃぁ。また、今度にしよう」
同級生君の中の私は相思相愛のようだった。私はもう、何も言う気がなくて黙っていた。
30分がたって、やっと最寄り駅についた。
「じゃぁ。またね。マイハニー」
同級生君はそう言って手を振った。
私は、「さよなら」とだけ言って、降りた。鳥肌が立っていた。
お茶をしている時までは楽しかったはずなのに、電車の中は悪夢でしかない。
同級生君とお茶をしたのが間違ったのか。電車で一緒に帰ろうとしたのが間違いだったのか。
何か理由を付けて、別の電車に乗ればよかったのか。いろいろと考えたが、分からない。
翌日、同級生君から「昨日は楽しかった。次はいつ会う?」とメールが来た。
「気持ち悪いので、二度とメールをしないでください」と書いて送った。
もちろん、ブラックリスト入りをして着信もメールも二度と受け取らなかった。
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