文字数:約1629文字
派遣先の職場に慣れた頃。
時々、派遣の担当が寮まで送ってくれるようになった。
派遣の寮は、少し離れたところにあって歩いて30分ほどかかった。30分の時間を短縮できるのはとても助かっていた。
その日はたまたま、一人で帰っていた。
いつものように、「乗っていく?」と担当が車の中から声をかけて来た。
今までは皆がいたが、今日は一人なので一瞬ためらった。
男性が部屋に入って来たり、お酒で酔わせたりした男がいたので、警戒して、「大丈夫です。歩きます」と断る。
担当は、再び「大変でしょ。乗りなよ」と私を誘う。
仕事で疲れ切った身体と心にこの面倒なやり取りは疲れる。私はあっさりと、車に乗った。
寮はすぐそこなので、いつもと同じく送ってくれると思ったのだ。
が、ここでも再び私の期待は裏切られる。
「たまには、夜景でも見に行かない?すぐそこに、夜景を見るのにいい展望台があるんだ」
この車は会社の車なので、私用には使わないだろうと思った。冗談だと思って「またまた、明日も仕事なんですよ」と返した。
「いや。本気。すぐそこだし、少しだけだから」
「え?でも、もう疲れたし……」
「大丈夫だから」
そうしているうちに、寮へ向かう曲がり角を過ぎた。これは、まためんどくさい事になったと思った。
道は山の方へと向かっている。まだ周囲に建物があるが、それもいつ途切れるか怖い。
田舎なので、人がいる事は期待していないが、車と建物くらいは近くにあってほしい。
そうこうしているうちに、細い道を抜けて駐車場へと車が入っていった。
駐車場にはいくつかの車が止まっている。車があるという事は人がいる。それを見て安堵 したが、状況が悪い事に変わりはない。
ここから歩いて帰る事も視野に入れる。車の中はマズイと思ったので、さっさとドアを開けようとした。
「待って」
止める声に振り返る。窓の向こうに駐車場にいる人が見えた。
「人がいるから、もう少し待とう。邪魔をしちゃ悪い」
私は担当が言っている意味が分からなかったが、待つ事にした。
人がいるのは分かるが、辺りは暗くなりかけていてほとんど影としか見えなかった。
駐車場に街灯はあるが、ぽつぽつと端っこを照らすだけで明るくはない。
人影が車に乗り込んだ。それを見て、「もう、いいかな」と担当がドアを開ける。私もドアを開けて外へ出た。
冷たい空気が肌に心地いい。駐車場からは階段が伸びている。周囲は広場のようになっていて、芝生しかない。
傍に平屋の建物も見えたが、暗くなっていて閉まっているようだった。
「この上に、展望台があるんだ。そこから夜景を見よう」
担当が指さした先には階段がある。階段を見上げると、思ったよりも長くて先は闇の中だった。
担当は疲れていないのだろうかと思いながらも、階段を上がる。と、いつの間にか私は担当を置き去りにしていた。
このまま先に行ってしまおうかと思ったが、それもどうかと思ったので、振り返り担当のいる場所を確認する。
担当は、息切れをしながら階段を上がっていた。
私はと言えば、疲れてはいるけれど息切れはしていなかった。
しばらく待つと、担当が息を切らして追いついて来た。
「若いね。俺はもう、歳だわ。これくらいで、息切れなんて」
ぜぇぜぇと息を吐きながら、そう言う担当を見て歳を考えて誘えと思った。
と同時に確か以前に、他の人から担当はバツイチ子持ちと聞いたのを思い出した。
担当の歩調に合わせながら、階段を上って展望台へとついた。
夜景は綺麗 とは思えなかった。それよりも、早く帰って身体を休めたかった。
「綺麗 だね」
「そうですか」
私は白けて答えたつもりだが、担当の脳内では都合のいい様に変換されているのだろう。
「もう、行こうか。手を繋 ごう」
汗ばんだ手で私の手を、引っ張る。私は面倒になって、そのままにした。
が、階段の途中で「戻る前に聞いてほしい事があるんだ」と、担当が改まって私に向き合った。
「付き合ってほしい」
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