文字数:約1432文字
どう断るべきかなと考える。いや。断ったところで、人の話なんて聞かないだろうけれど。
私がそんな人間を引き寄せている事を嫌でも自覚する。
彼らが見ているのは、『大人しくて自分の言いなりになってくれそうな女』であって、私ではない。
そんな女に告白する男は、『押せば俺の言いなりになってくれる』というしつこさも併せ持っている。
非常に厄介だ。
股間を蹴り上げて終わりにしていいなら、そうしたい。
担当が私に告白をしてきたのは、派遣先の契約期間が切れるからだ。
仕事が切れたら、関係も切れる。私と担当との間には、仕事の関係しかないのだから。
とはいえ、あと数週間の仕事を無難に過ごしたいので、この場も穏便に済ませたい。
「無理です」
考える事を放棄して、私は分かりやすい言葉を選んだ。
けれど、「なんで?今は付き合っている人はいないんでしょ」と、しつこい言葉が飛んでくる。
私は全てが嫌になった。
「好きな女性がいるんです」
あと数週間、職場で私が同性愛者だとばらされてもいい覚悟で言った。
担当はポカンとした顔で私を見た。
「え?あ。えっと。同性が好きなの?」
私は頷 く。
「じゃあ。手を繋 いでいるのも嫌だよね」
慌てたように担当は、私の手を離した。やっと解放された手を握ったり開いたりして私は自由を感じる。
これで、話は終わりだろうなと思ったが、そうはならなかった。
「でも、男性とは付き合った事がないんだよね」
「はぁ。そうですね」
私は一歩階段を下りて、車へと行こうとした。
「じゃ。試しに男の俺と付き合わない?」
私は階段を踏み外しそうになった。慌てて体勢を整えて、担当の言葉の意味を考えようとしたが、考える前に担当が説明をしてくれた。
「男とやった事はないんだろ?だったら、俺とさ」
「……嫌です」
私は即答した。暗くて、相手の顔さえマトモに見えない事に感謝する。このゲスの顔を二度と見たくはない。
「そっか。そうだよね」
私の即答に凹んだのか、担当は「じゃあ。行こうか」と諦めたように階段を下り始めた。
しかし、階段を下りながらも「好きな人はどんなタイプなの?かっこいい?可愛い?」などと聞いてくる。
いろんなものを我慢して「まぁ。どっちでもあり、どっちでもないかな」と適当な返事で乗り切った。
階段を下りている途中で、男女二人組と行き違いになった。そこでやっと私は、ここがデートスポットという事に気がついた。
車に乗ると、担当が「喉、渇いたでしょ?」とペットボトルを一本渡してくれた。私はそれを、カバンに放りこんだ。
この後、本当に部屋に帰してくれるのかと疑問に思っていたが、ちゃんと部屋まで送ってくれた。
部屋に入るなり、私は貰 ったペットボトルの中身を流しに捨てた。飲む気にはなれなかった。
次の日は、全く休めた感じがせず心身ともに疲れ切っていた。そして、会社に着くなり、同僚に昨日の出来事を話した。
「え?何、考えてんの?溜 まっていたのかな。風俗でも行けばいいのに」
というのが同僚の言葉だった。やっぱり、そうだよね。と思った。
帰り道は雨が降ってきた。傘を忘れてしまったので、濡 れながら帰っていると、車が止まり担当が顔を見せた。
「送っていくよ」
「いいです。大丈夫なので、放っておいてください」
もう、担当の車に乗る気はなかった。あんなに疲れるくらいなら、濡 れた方がまだマシだった。
仕事が終わるまで数週間の間、私は担当を避け続けた。
次の仕事は別の派遣でやる事に決めた。
<<前 目次 次>>