文字数:約1240文字
街を歩いていると、声をかけられた。
いつものキャッチだ。地方では歩く事さえ少ないので、キャッチに会う事はないが、東京では時々遭遇する。
急いでいる時は相手にしないが、その時は時間があった。時間があると、構ってしまう。私の悪い癖だ。
「今、お時間よろしいですか?」
「はぁ」
曖昧な返事をしながらも、足を緩める。
「今、こんなキャンペーンをやってまして、宜しければアンケートに協力してください」
見せられたチラシから、美容系という事が分かった。
「……いいですよ」
断られる前提で声をかけてくるキャッチは、いいですよと言うとホッとする顔をする。
「いいんですか?時間がかかるのですけど、近くで美容系のお店をやっていて、そちらで回答してもらうんですけど」
私は少しためらった後、「別にいいですよ」と答えた。
「え?本当に?」
さらに確認をしてくるが、時間があるから大丈夫だと答えた。
「こんな美容系のアンケートに何時も答えているんですか?」
「わが社ではこんな商品があって」
という営業トークから始まった言葉は、お店につく頃には
「僕、地方から出てきて、大変なんですよね。男性がこんな事をしていると不思議に思われるんですけど、僕は美容系に興味があって……」
というキャッチの個人的な話に変わっていた。
私はそれらに適当に相槌 を打ちながら、聞いていた。
お店はビルの一角だった。中に入ると、白衣を着た女性が、私を案内した。
店内には私と同じように捕まったのか、女性が数人テーブルに座って店員と話しをしているのが見えた。
植物が置いてあって、窓は大きく光が室内を満たしている通路のような場所に小さめのテーブルが置かれている。
そこに、女性と店員が一対一で話し合っている。私は奥のほうの空いているテーブルへと案内された。
「わざわざ、来てくださってありがとうございます。美容って興味ありますか?」
私が座ったテーブルにも、白衣を着た女性がやってきて私の向かい側に座った。
広くないテーブルは資料やアンケート用紙を広げると、埋まってしまう。
「まずは、こちらのアンケート用紙にご記入ください」
アンケート内容は美容やダイエットに興味があるかどうかというようなものだった。
書き終わると、そのアンケートに沿って話が進む。
「美容に……興味はなさそうですね」
アンケート結果を見るまでもなく、私の服装とノーメイクの姿でそう判断したのが分かった。
「でも、こちらに来られたって事は、何か気になる事はあるんですよね」
ポジティブな変換に感心してしまう。
「いえ。路上でアンケートを書いてくれって言われて」
私はいつもの平常運転だった。女性の顔がわずかに引きつったのが分かった。
「だから、それに答えたのは美容に興味があったからではないの?」
「はぁ。そうかもしれませんね」
私はキャッチに興味があっただけで、美容に興味があるわけではなかった。
どうやって人をその気にさせるのか。私をその気にさせる事が出来るのかに興味があったのだ。
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