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女性は、営業トークを続ける。
「ダイエットをするなら、やはり二の腕が気になりますか?それともお腹ですか?セルロースなども気になりますよね」
さらにここから、セルロースとはという説明が入る。私はそれを黙って聞いていた。
そこから女性はとどめとばかりに、私に詰め寄った。
「久しぶりに会った友人が痩せていたら、どうします?」
よく見る宣伝のセリフだなと思いながら、思う事を言い放つ。
「病気なの?と身体の心配をする」
女性の表情が完全に凍りついた。一瞬のフリーズのあと、女性はにっこりと営業スマイルで私に詰め寄る。
「そうですよね。体も心配ですよね。でも、普通はどうやって痩せたのか気になりませんか?」
営業魂がすごいと思った。内心は、『予定以外の答えなんて要らない』と思っているのがにじみ出ているが、なんとか商品に結び付けようとしている。
私のしらけた態度に女性も気がついている。『正常な感覚』の人間に営業をかける事は難しい。営業というのは、客の不安をあおり、焦らせ、今すぐに商品が必要だと錯覚させる仕事だ。
その視点で見ていると、何とも滑稽な商品説明が目の前に差し出されている。
そして、残念な事に目の前の女性には『不安をあおる』以外のテクニックがない。
「これを飲めば、健康になれるんですよ。これを買うために借金をする人までいるんです」
『借金をしてまで欲しがる人がいる』というのは詐欺だと思っていい。必要なのは『借金』でなくて、『正しい知識』だ。『借金をしてまで欲しがる人』は『間違った知識と感覚に振り回されている』
そして、そんな営業トークが出てくるのは、ろくな商品ではない。
私はすでに、商品の魅力はゼロだと判断していた。
「今なら、格安なんですよ。私も使っているけど、とっても役立っていて、友達からも羨ましがられているんです」
「今なら格安」というワードもお得感を出しているだけで、実際は『損をする』と言っているようなものだと思った。
友達から羨ましがられているというのも、同類が褒めているだけで、大切なトモダチとは程遠い。
女性が喋 れば喋 るほど、突っ込みどころが増えていく。私は心の中でだけ突っ込む事にした。
うっかり口に出さないように気を付けてはいたが、態度は隠せなかった。
私の態度に焦る女性と、もうお腹いっぱいなので帰りたい私。
「あなたは何をしに、ここに来たの?」
とうとう女性が苛立ったように私に聞いた。
「キャッチの人に連れられて、ここに来ただけですけど。アンケートに協力するだけと聞いたから」
女性は「もういいです」と私を出口に案内した。
入る時に見かけた女性たちは帰って、新しい女性たちで埋まっているようだった。
出口まで案内した女性は苛立ちを隠さず、私の目の前でボールペンを床に投げた。
それを見て、周りの女性たちがギョッとした目でこちらを見た。
悠々と出口まで行く私と、悔しさと苛立ちを隠さない白衣の女性。
どうか、営業トークの滑稽さに気がついて抜け出せる人がいますようにと思いながら、その建物を後にした。
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